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東京地方裁判所 平成7年(ワ)18480号 判決

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

奥田克彦

被告

太陽生命保険相互会社

右代表者代表取締役

吉池正博

右訴訟代理人弁護士

御正安雄

右訴訟復代理人弁護士

三尾美枝子

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は原告に対し、九〇万〇五〇〇円及びこれに対する平成七年九月二八日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、入院・手術保障付特殊養老保険の被保険者(高度障害保険金の受取人でもある。)の相続人である原告が、被保険者が白血病治療のため化学療法を行っていたところ、神経症状が一気に悪化し寝たきりの状態になるという治療担当医師も予期しない後遺症が発生したが、これは右保険約款に定める災害による高度障害に該当するとして、保険会社である被告に対し、災害による高度障害保険金の割増分とその遅延損害金の支払を求めた事件である。

一  争いのない事実等

1  原告と被告とは、平成三年九月二七日、次のとおりの入院・手術保障付特殊養老保険「けんこうひまわり保険」との生命保険契約(以下「本件保険」という。)を締結した(甲一)。

(一) 保険契約者 甲野太郎(原告)

(二) 被保険者 甲野一郎

(三) 死亡保険金受取人 甲野太郎(原告)

(四) 満期保険金 六五万〇五〇〇円

(五) 満了日(契約終期) 平成一三年九月二六日

(六) 災害による死亡時(高度障害を含む)保険金 一八〇万一〇〇〇円

(七) 普通の死亡による死亡時(高度障害を含む)保険金 九〇万〇五〇〇円

2  甲野一郎は平成七年一一月二八日死亡し、一郎の相続人である原告及び甲野春子は、協議により本件保険金請求権を原告がすべて取得する旨合意した(甲五、六)。

二  争点

一郎に発生した高度障害が、本件保険約款に定める「不慮の事故」(本件保険約款(乙一)一八条、別表二)に該当するか。

1  原告の主張

不慮の事故について、本件保険約款は、「診療上の患者事故」を挙げるところ、これは、当該治療行為によって発生した結果が通常予想された治療結果から掛け離れた悪い結果をもたらす場合、すなわち相当因果関係の範囲外にある場合をいう。そうだとすれば、本件のように、医師でさえも現代の医療水準から予見できなかった障害の発生は、より純粋に事故であるといえる。なぜなら、医師も予見できなかった障害の発生は、いわば天災事変に近いものであり、当然に相当因果関係の範囲外の悪い結果だからである。そして、一郎に発生した高度障害は、主治医をして、医療行為上予見想定される障害とは異質のものといわせるものであるから、偶発的で予期に反したものであり、相当因果関係の範囲を超えた悪い結果である。

よって、一郎の高度障害の発生は、本件保険約款にいう不慮の事故に該当する。

2  被告の主張

一郎の障害は、本件保険約款別表2の分類項目10の除外事由である「疾病の診断、治療を目的としたもの」から生じた事故で、本件保険約款にいう不慮の事故に該当しない。

第三  争点に対する判断

一  証拠によれば、次の事実が認められる。

1  甲野一郎(平成三年七月一五日生)は、急性単球性白血病で、平成四年五月一三日から平成六年七月二六日まで国立病院九州がんセンターに入院し、その治療のため、平成五年六月ころから放射線療法と全身化学療法等を受けていたが、平成六年四月ころから一郎に神経症状が出現し、急速に悪化し、一郎は四ないし六か月児状態まで退行し、同年七月二八日時において、一郎の症状は悪化する傾向はあるが、改善する様子はなく、一郎は、白質脳症による四肢体幹機能障害にあって、高度障害の状態にあり、回復の見込みがなかった(甲二、三、五)。

2  一郎に発生した右高度障害は、担当する医師によれば、医療行為上当然予見想定される障害とは異質のものであった(甲四)。

二  本件保険約款(乙一)一八条一項一号によれば、被保険者が、この契約の保険期間中に、契約日以後または復活日以後に発生した不慮の事故による傷害を直接の原因として、その事故の日から起算して一八〇日以内に高度障害状態になったとき(契約日前または復活日前にすでに生じていた障害状態に契約日以後または復活日以後の傷害を直接の原因とする障害状態が新たに加わって高度障害状態になったときを含む。)は、満期保険金額の二倍に相当する金額を災害高度障害保険金として被保険者に支払う旨規定されている。そして、同約款別表2において、対象となる不慮の事故とは、急激かつ偶発的な外来の事故(ただし、疾病または体質的な要因を有するものが軽微な外因により発症したまたはその症状が憎悪したときには、その軽微な外因は急激かつ偶発的な外来の事故とみなさない。)で、かつ、昭和五三年一二月一五日行政管理庁告示第七三号に定められた分類項目中挙示のものとするとし、同表分類項目10において「外科的および内科的診療上の患者事故、ただし、疾病の診断、治療を目的としたものは除外します。」と挙示されている。本件では、一郎の高度障害の発生が、右分類項目10に該当するかが問題となる。

ところで、不慮の事故に外来性の要件が求められるゆえんは、傷害(高度障害)発生の原因が外来のものでなければならないとすることにより、被保険者の身体の疾患等内部的原因に基づく傷害を排除するというものであり、右分類項目10において、不慮の事故として、「外科的および内科的診療上の患者事故」としながら、「ただし、疾病の診断、治療を目的としたものは除外します。」とするのも、身体の疾患等内部的原因に基づく傷害を排除し、医療過誤が原因である場合のように、傷害の発生が外来のものでなければならないことを示しているものといえる。

そして、傷害が発生するような何らかの身体内部の素因を抱えている者につき、外部的なきっかけにより素因が現実化し、傷害が発生するに至った場合、特に、その外部的なきっかけが通常人にとっては傷害発生に至らないものであるならば、やはり、そのような傷害の発生は外来性の要件に欠け、不慮の事故とはいえないと解される。

三  本件においては、前記一のとおり、一郎は、急性単球性白血病に罹患し、医療機関において、放射線療法と全身化学療法等を受けていたところ、神経症状が出現して急速に悪化し、白質脳症に起因する高度障害の状態に陥ったというもので、右高度障害は、担当する医師によれば、医療行為上当然予見想定される障害とは異質のものであったことが認められるのであるから、一郎の高度障害は、医療機関による放射線療法と全身化学療法等の外来の要因がきっかけとなった可能性があるにしても、一郎の身体内部の素因が現実化したものとも考えられ、しかも、一郎に行われた治療等の外来の要因が、通常人にとっては高度障害発生に至るものともいえないことからすると、本件一郎の高度障害の発生は、外来性の要件を満たす不慮の事故と認めることができない。

四  よって、原告の請求は理由がない。

(裁判官本多知成)

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